世界初、光の配光角を制御できる深紫外LEDの開発に成功

〜ナノ光構造技術により、光学レンズを用いることなく、“高指向性”深紫外LEDを実現〜
2023年11月1日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • ナノ光構造技術により、世界で初めて光の配光角を制御できる深紫外LEDを開発
  • オプティクスフリー“高指向性”深紫外LEDの実証と同時に、光取出し効率の向上にも成功
  • 殺菌・通信等の応用において、深紫外LEDの安全性、効率性、生産性を飛躍的に高める技術として期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所の井上 振一郎 室長らの研究グループは、ナノ光構造技術により光の配光角を制御し、極めて高い指向性を有するオプティクスフリー深紫外LEDの開発に世界で初めて成功しました。
今回開発した深紫外LEDでは、光学レンズを用いることなく、ナノ光構造技術とマイクロLED構造を組み合わせることで、放射される深紫外光の配光角を緻密に制御し、ビーム形状にコリメートできることを実証しました。また、本構造は、深紫外LEDの光取出し効率の向上にも有効であり、配光角の制御機能だけでなく、その光出力を大幅に向上(約1.5倍)させる効果があることも明らかにしました。
深紫外LEDは、空気中を浮遊するエアロゾル状のウイルスの不活性化や、太陽光による背景ノイズに邪魔をされない光無線通信用の光源等として期待されています。本成果は、高コストのレンズや光学部品を使用せずに、必要な箇所のみに高強度の深紫外光を効率的に照射することを可能にし、深紫外光の無駄な広がりを抑え、人体等に照射されるリスクを低減し、深紫外LEDの安全性、効率性、生産性を飛躍的に高める技術として期待されます。
なお、本成果は、IOP Publishing(英国物理学会出版局)発行の学術論文誌「Journal of Physics D: Applied Physics」(電子版: 英国時間2023年10月31日(火))に掲載されました。

背景

図1 今回開発した“高指向性”深紫外LEDの模式図

NICTの当研究グループは、これまで、深紫外LEDの研究開発とその応用実現に向けた取組を積極的に推進してきました。深紫外LEDは、ウイルス・細菌に対する高い不活性化作用を有することから、接触感染やエアロゾル感染を介した感染拡大を抑制するための画期的なツールとして期待されています(2022年3月18日及び2022年10月27日付け報道発表参照)。また、波長280 nm以下の深紫外LEDを利用した光無線通信は、太陽光背景ノイズの影響を回避することが可能であることから、高速光無線通信の屋外環境利用における応用可能性を飛躍的に広げる技術として期待されています(2023年6月1日付け報道発表参照)。
そのような深紫外LEDを用いた表面・空間の殺菌や自由空間光通信用途における実用化の際には、人体等への安全性を確保するために、照射が必要な箇所のみに選択的に深紫外光を照射する技術が求められます。一般に、LEDから放射される光は全方位に拡散されるため、これまでは、外部取付のレンズや光学部品を用いて光の配光角が制御されてきました。しかし、深紫外LEDの場合、一般的な光学ガラスレンズでは深紫外光が吸収されてしまうため、深紫外域で透明性の高い高純度の合成石英レンズを用いる必要がありました。このため、システム全体のコストが極めて高くなってしまう問題がありました。
深紫外LEDを用いた殺菌や通信応用の今後の普及を見据えると、高コストのレンズや光学部品を使用せずに、深紫外LEDチップ単体で配光角を制御でき、照射が必要な箇所のみに安全性高く、高強度の深紫外光を効率的に照射できる技術の創出が求められていました。

今回の成果

今回、当研究グループは、ナノ光構造技術により、オプティクスフリーで光の配光角を制御できる深紫外LEDの開発に成功しました(図1参照)。窒化アルミニウム(AlN)光出射面に形成したナノオーダーの位相型フレネルゾーンプレート構造と、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)マイクロLED構造を組み合わせることで(補足資料 図2, 3参照)、光学レンズを用いることなく、光放射をビーム形状(配光角の半値全幅(FWHM): 10°以下)にコリメートした“高指向性”深紫外LEDを実証しました(補足資料 図4参照)。また、本構造は、深紫外LEDの光取出し効率の向上にも有効であり、配光角を制御できると同時に、その光出力を大幅に向上(約1.5倍)させる効果があることも明らかにしました(補足資料 図5参照)。
今回の成果は、高コストのレンズや光学部品を用いることなく、通常、全方位に広がってしまう深紫外LEDの配光角を極めて狭角に制御できることを示した世界初の実証例となります。殺菌から医療、センシング、環境、光加工、ソーラーブラインド光無線通信応用まで、多岐にわたる分野において、深紫外LEDを活用した光システムの応用の幅を広げ、その安全性、効率性、生産性を飛躍的に高める技術として期待されます。

今後の展望

今後、本技術を用いることで、表面や空間中の細菌・ウイルスをより安全かつ効果的に不活性化するシステムや、太陽光下の屋外環境でも安全・超高速・低ノイズに通信可能な光無線通信システム等の実現を目指していきます。
NICTでは、深紫外光デバイス技術の更なる研究開発とその社会実装に向けた取組を進め、将来の安心・安全で持続可能な社会の実現に貢献していきます。

論文情報

掲載誌: Journal of Physics D: Applied Physics
DOI: 10.1088/1361-6463/ad056a
論文名: Far-field pattern control and light-extraction enhancement of deep-ultraviolet light-emitting diodes with large-area Fresnel zone plate nano-structures
著者: Lingjie Wei, Manabu Taniguchi, Guodong Hao, and Shin-ichiro Inoue

関連する過去の報道発表

補足資料

今回開発した放射される光の配光角を制御できる深紫外LED

図2 今回実証した光放射をビーム形状にコリメートする機能を有する“高指向性”深紫外LEDの模式図
図3 作製したAlN位相型フレネルゾーンプレート構造 (a) 全体像の光学顕微鏡写真
(b) 中心部 (c) 最外周部 及び (d) 断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真
図4 作製した深紫外LEDの配光特性の測定結果
(a) 従来の光出射面がフラットな深紫外LEDの配光特性
(全方位に光がほぼ均等に拡散するランバーシアン分布に近い配光特性)
(b) 今回開発した光出射面に位相型フレネルゾーンプレート構造を形成した深紫外LEDの配光特性
(ビーム形状(配光角の半値全幅(FWHM): 10°以下)にコリメートされた極めて指向性の高い配光特性)
図5 作製した深紫外LEDの注入電流密度に対する光出力 (従来の光出射面がフラットな深紫外LEDと今回開発した光出射面に位相型フレネルゾーンプレート構造を形成した深紫外LEDとの比較)及び 従来深紫外LEDに対する今回開発した深紫外LEDの光取出し効率の向上率

用語解説

ナノ光構造技術

光の波長(数百ナノメートルオーダー)以下の微細構造を駆使した光の位相制御技術。ナノメートル(nm)とは、10億分の1メートルを表す単位。
今回開発した深紫外LEDでは、ナノオーダーの寸法で設計された位相型フレネルゾーンプレート構造を用いてLED活性層から放射される深紫外光の位相の制御を行った。


配光角

放射される光の広がり方を数値で示したもの。数値が小さいほど狭角、大きいほど広角に広がることを表す。


オプティクスフリー

レンズ等の光学部品を用いないこと。


深紫外LED

深紫外(Deep Ultraviolet: DUV)波長領域の光を発する半導体発光ダイオード(Light Emitting Diode: LED)。
特に、UV-Cとして分類される波長280 nm未満の深紫外光を発する深紫外LEDは、殺菌、水や空気の浄化、医療機器、通信・センシング応用等、様々な分野で新たな市場創出が期待されている。
波長280 nm未満の深紫外光は、オゾン層で全て吸収されるため、280 nm未満の太陽光は地表には降り注がず、ソーラーブラインド領域とも呼ばれる。そのため、太陽光による背景ノイズの影響を受けない光信号の送受信が可能となる。
また、生物のDNAやRNAは、自然界には存在しない280 nm未満の光に対して強い吸収構造を持つ。この特性により、深紫外光を使えば、塩素等の薬剤を用いずに、細菌やウイルス等を効果的に殺菌・不活性化できる。
従来、深紫外波長領域の光源としては、主に水銀ランプが用いられてきた。しかし、水銀ランプは、人の健康や環境に有害な水銀を含み、2017年発効の「水銀に関する水俣条約」により、その廃絶に向けた国際的な取組が加速している。深紫外LEDは、低環境負荷であるだけでなく、コンパクトで低電圧駆動、長寿命といった特性を持ち、水銀ランプに代わる次世代の光源として高い注目を集めている。


コリメート

拡散する光を直進性の高い光に変えること。


光取出し効率

半導体内の活性層で発光した光のうちでLED外部へ有効に取り出された光の割合。現在、AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)系深紫外LEDの高効率化・高出力化を阻んでいる要因の一つが、極めて低い光取出し効率の問題である。


位相型フレネルゾーンプレート構造

同心円状の輪体によって構成され、各位置での光の位相を制御することで、光の集光やコリメート等を行う機能を持つ。深紫外波長領域で実現するためには、ナノオーダーの高精度な微細加工技術が必要となる。


窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)

窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)の混晶材料。直接遷移型の窒化物半導体であり、AlNとGaNの混晶組成比を変えることで、その発光波長を深紫外領域のほぼ全域(210~365 nm)で任意に制御することが可能である。 深紫外LEDを実現する上で、現在のところ最も適した材料であると考えられており、主にMOCVD法(有機金属気相成長法: Metal Organic Chemical Vapor Deposition)と呼ばれる結晶成長方法により製膜される。

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所
神戸フロンティア研究センター
深紫外光ICT研究室

井上 振一郎

広報(取材受付)

広報部 報道室