高強度深紫外LEDにより鉄道車両内の省電力な空気殺菌を実現

2025年2月12日

国立研究開発法人情報通信研究機構
旭化成株式会社

ポイント

  • 発光波長265 nm帯の高強度深紫外LEDを搭載した鉄道車両用空気殺菌モジュールを開発
  • 水銀ランプを用いたモジュールと比較し、殺菌の省電力化(40 %以上)を達成
  • 実運行中の鉄道車両内への搭載を実証、国民の健康と安全の確保、水銀廃絶、CO2削減に貢献
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所の井上振一郎室長らの研究グループは、旭化成株式会社(代表取締役社長: 工藤 幸四郎)と共同で、発光波長265 nm帯の高強度深紫外LEDを搭載した鉄道車両用空気殺菌モジュールを開発し、静岡鉄道株式会社の実運行中の鉄道車両内への搭載を実証しました。
今回開発した高強度深紫外LED空気殺菌モジュールは、従来技術の水銀ランプを使用したモジュールと比較し、空気中を浮遊するウイルスの不活性化に要する電力の大幅な削減(40 %以上)を達成しました。本モジュールは、実際に旅客運転を行っている鉄道車両へ搭載され、1か月間の試験運転を実施し、安全・安定な動作が確認されました。
本成果は、高強度深紫外LED技術により、鉄道車両内の省電力な空気殺菌を実現したものです。空気中を浮遊するウイルスを介したエアロゾル感染の脅威から国民の健康と安全を守り、また水銀廃絶による環境汚染防止や、省電力化によるCO2削減に貢献する技術として期待されます。
※本成果の一部は、環境省主管(総務省連携)委託事業「革新的な省CO2型環境衛生技術等の実用化加速のための実証事業」の一環として得られました。

背景

図1 今回開発した高強度深紫外LED空気殺菌モジュールを搭載した鉄道車両
NICTの当研究グループは、これまで、高強度な深紫外LEDの研究開発とその実用化に向けた取組を積極的に推進してきました。ナノ光構造技術を基盤としたAlGaN系深紫外LEDの研究により、深紫外LEDの単チップ当たりの世界最高出力の記録を何度も大幅に更新し、水銀ランプに匹敵する、ワット級の深紫外LEDハンディ照射機を開発するなど、本分野をリードする成果を発表してきました(2022年10月27日、2017年4月4日及び2015年4月1日の報道発表参照)。
またNICTは、ナノ光構造技術により、世界で初めて、配光角を制御できる深紫外LEDの開発に成功しており、高コストのレンズや光学部品を用いることなく、照射が必要な箇所のみに、安全性高く、効率的に深紫外光を照射できる技術の開発に成功しています(2023年11月1日の報道発表参照)。
さらにNICTは、東京大学医科学研究所と共同で、発光波長265 nm帯の深紫外LEDが、エアロゾル中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して、極めて高い不活性化効果を有することを世界で初めて定量的に明らかにしています(2022年3月18日の報道発表参照)。
これにより、深紫外LEDは、空気中を浮遊するウイルスを介したエアロゾル感染による感染拡大を抑制するための画期的なツールになると期待されています。
近年、公共交通機関における衛生管理の重要性がますます高まっています。特に、鉄道車両のような多数の人々が密閉された空間で長時間を過ごす環境では、エアロゾル感染のリスクを低減することが喫緊の課題となっています。さらに、持続可能な社会の実現に向けて、環境負荷や消費電力の少ない殺菌技術の開発が期待されています。
深紫外線による殺菌応用では、従来、光源として水銀ランプが使用されてきました。しかし、人体や環境に有害な水銀を含むため、その早期廃絶が求められています。また、水銀ランプは、割れやすく、光源のサイズや駆動電源が大掛かりになるなど、鉄道車両へ搭載するような用途には適していませんでした。
一方、深紫外LEDは、小型・低環境負荷・長寿命などの優れた特性を有するものの、これまで、水銀ランプに比べると光出力がはるかに小さなものしかなく、鉄道車両のような広い空間内の空気を殺菌しようとした場合、その実用性に課題がありました。
今回、これらの課題を解決するため、水銀ランプに匹敵する高強度深紫外LED技術を有するNICTと、深紫外LEDの量産やアプリケーション開発において実績を有する旭化成が共同で、鉄道車両用の低環境負荷・省電力な高強度深紫外LED空気殺菌モジュールの開発を行いました。

今回の成果

今回開発した高強度深紫外LED空気殺菌モジュールを搭載した静岡鉄道株式会社の鉄道車両を図1に示します。本モジュールは、小型・軽量な深紫外LEDの特長を活かし、車両連結部の上部(かもい)内部にコンパクトに搭載され、車両内のウイルスを含む空気を吸入し、モジュール内で深紫外光照射により不活性化後、清浄な空気を排出します(補足資料 図2参照)。
本モジュールは、殺菌効率の最も高い発光ピーク波長265 nm帯の高強度深紫外LEDチップをマルチチップ実装し、流入する空気の方向と対向するように配置することで、空気中のウイルスと深紫外光の相互作用を最大化しています(補足資料 図3参照)。水銀ランプと比較して、指向性の高いLEDの特性を活かし、流入するウイルスを効率的に不活性化する構造を実現しました。
本モジュールの効果を検証するため、空気中を浮遊するウイルスに対する不活性化性能を評価しました。25 m3の空間中に試験用ウイルス(大腸菌ファージMS2)を、ネブライザー(エアロゾル発生器)を用いて噴霧し、モジュールの消費電力量及び稼働時間に対するウイルス不活性化量をプラーク法により測定しました。また、比較用として低圧水銀ランプを使用した参照用モジュールを製作し、同様の実験を行いました。
ウイルス不活性化に必要な消費電力量について評価した結果、高強度深紫外LED空気殺菌モジュールは水銀ランプを用いたモジュールに比べ、99.9 %のウイルス不活性化に要する消費電力量を40.7 %削減できることが確認されました(補足資料 図4参照)。
本モジュールは、実際に旅客運転を行っている静岡鉄道株式会社の鉄道車両へ搭載され、1か月間の試験運転を通じて、安全かつ安定した動作が確認されました。
また、500mW出力の深紫外LEDを複数個搭載した同型の別モジュールを使用し、35分の稼働で90 %、71分の稼働で99 %、106分の稼働で99.9 %のウイルスが不活性化されることが確認されました(補足資料 図5及び表1参照)。一方、水銀ランプを用いたモジュールでは、99.9 %の不活性化に188分を要しました。これにより、今回開発した高強度深紫外LEDモジュールが、水銀ランプに比べて、不活性化に要する時間を43.6 %短縮できることを明らかにしました。
今回の成果は、高強度深紫外LED技術を活用し、鉄道車両内での省電力な空気殺菌を実現したものです。本技術は、空気中のウイルスを介したエアロゾル感染のリスクを低減し、国民の健康と安全を守るとともに、水銀廃絶による環境汚染防止や、省電力化によるCO2削減にも寄与することが期待されます。

今後の展望

今後、NICT及び旭化成は、今回実証した高強度深紫外LED空気殺菌モジュールの社会実装に向けて、関連企業との連携を含めた取組を推進していきます。特に、公共交通機関や医療施設など、空気感染リスクの高い環境への採用、社会普及を目指します。これにより、安全性・快適性を備えた持続可能な社会の実現に貢献していきます。

各機関の役割分担

  • 情報通信研究機構: 高強度深紫外LEDの開発・実装、全体統括
  • 旭化成: モジュール化、現地試験運用

関連するNICTの過去のプレスリリース

補足資料

今回開発した鉄道車両用の空気殺菌モジュール

図2 (a) 高強度深紫外LED空気殺菌モジュールを搭載した鉄道車両
(b) 車両内に搭載されたモジュール

図3 (a) 高強度深紫外LED空気殺菌モジュールの外観
(b) モジュール内部の構造 及び (c) 高強度深紫外LEDチップの拡大写真

図4 25 m3空間内の浮遊ウイルス(大腸菌ファージMS2)の不活性化に必要な消費電力量
試験用ウイルスである大腸菌ファージMS2の菌液を25 m3(縦3.5 m×横3.3 m×高さ2.2 m)の空間にネブライザーを用いて噴霧し、空間中を浮遊するエアロゾルウイルスに対する不活性化効果をプラーク法により評価しました。
消費電力量に対する浮遊ウイルスの不活性化効果測定においては、深紫外LEDを用いたモジュールの場合、LED は4×6 アレイの高効率モード(WPE 4.5 %、発光ピーク波長265 nm)で駆動、トータル消費電力15 Wで動作させ、参照用の水銀ランプを用いたモジュールの場合、市販品低圧水銀ランプ(岩崎電気、GL15、定格ランプ電力15 W、主波長254 nm) を2本使用しトータル消費電力30 Wで動作させました。
最も殺菌性の高い波長265 nm帯、高強度・高効率深紫外LEDの特性を活用し、かつ流入するウイルスと深紫外光の相互作用を最大化する構造とすることで、今回開発した高強度深紫外LED空気殺菌モジュールが、水銀ランプに比べて、99.9 %のウイルス不活性化に要する消費電力量を、40.7 %削減できることを明らかにしました。

図5 モジュール稼働時間に対する25 m3空間内の浮遊ウイルス(大腸菌ファージMS2)の不活性化効果

表1 空気殺菌モジュール稼働時間と大腸菌ファージの不活性化率との関係
空気殺菌モジュール ウイルス不活性化率(%)
90% 99% 99.9%
稼働時間(分)
深紫外LED 35分 71分 106分
 水銀ランプ 63分 126分 188分
稼働時間に対する浮遊ウイルスの不活性化効果測定においては、深紫外LEDを用いたモジュールの場合、深紫外LEDチップ(光出力500 mW、発光ピーク波長265 nm)を3チップ使用しトータル光出力1.5 Wで動作させ(図4のモジュールとは同型の別モジュール)、参照用の水銀ランプを用いたモジュールの場合、市販品低圧水銀ランプ(岩崎電気 GL15、定格光出力4.9 W、主波長254 nm)を2本使用しトータル光出力9.8 Wで動作させました。
最も殺菌性の高い波長265 nm帯、ワット級の高強度深紫外LEDを活用し、かつ、流入するウイルスを効率的に不活性化する照射構造を実現することで、今回開発した高強度深紫外LED空気殺菌モジュールが、水銀ランプに比べて、不活性化に要する時間を43.6 %短縮できることを明らかにしました。

用語解説

深紫外LED
おおむね200〜300 nmの波長帯(深紫外領域)の光を発する半導体発光ダイオード(LED: light-emitting diode)のこと。深紫外光を照射することにより、塩素などの薬剤を用いずに、ウイルスや細菌を効果的に殺菌・不活性化することができる。特に、265 nm帯の深紫外光は、その発光波長ピークがDNA/RNAの吸収ピークと重なるため、ウイルスの不活性化に対して最も効果的である。深紫外LEDのウイルス不活性化用途における実用化の際には、人体への安全性を確保するために、皮膚や目への直接の照射を避ける運用が必要である。
なお、今回開発した深紫外LED空気殺菌モジュールは、筐体外への深紫外光の漏れ光は暴露限界である0.10 μW/cm2以下になるよう設計・作製され、旅客車両においても、安全に使用可能である。
水銀ランプ
水銀ガスを閉じ込めたガラス管内でアーク放電を起こし発光させる光源。254 nmや365 nmなどの輝線を発し、深紫外領域における最も代表的な光源で、様々な産業、用途において用いられている。しかし、2017年に「水銀に関する水俣条約」が発効され、人体・環境に有害な水銀の削減・廃絶に向けた国際的な取組が加速している。
AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)
窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)の混晶からなるⅢ族窒化物半導体。直接遷移型の超ワイドバンドギャップ半導体であり、AlNとGaNの混晶組成比を変えることで、その発光波長を深紫外領域のほぼ全域(210~365 nm)で任意に制御することが可能である。
空気中を浮遊するウイルスに対する不活性化性能評価方法
評価方法は、日本電機工業会規格JEM1467(附属書D: 浮遊ウイルスに対する除去性能評価試験)に準拠し、外部検査機関で実施した。
大腸菌ファージMS2
大腸菌ファージMS2は、大腸菌に感染するRNAウイルス。日本電機工業会規格JEM1467(附属書D: 浮遊ウイルスに対する除去性能評価試験)で例示されたウイルスの一種。
プラーク法
ウイルスに感染した細胞の形状が変化する現象を利用したウイルス量の測定手法の一つ。

本件に関する問合せ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター
深紫外光ICT研究室

井上 振一郎

広報(取材受付)

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